2012年8月4日土曜日

千成ほおずき市出店報告〜菊炭の飾り炭

7月10日に参加した千成ほおずき市の報告です。
ほおずき市は大盛況。


火鉢クラブは、茶の湯炭の展示販売で参加しました。
本当は、七輪に炭を熾してコーヒー豆の焙煎もやりたかったのですが、
準備が間に合わず。今回は飾り炭だけになりました。

真夏のお祭りなので、なるべく涼しげに草花と一緒に飾りました。

下の写真の後ろの方に隠れて見える梅酒のビンは、金魚鉢です。
中に水草と炭を入れてあります。炭を入れると浄水効果がある上、良いバクテリアが炭の気孔に住みつき、藻で水が濁るのを抑えてくれ、電気のブクブクをつけなくてもしばらく水を保たせることができます。ヨリの写真がなくて分かりづらいのですが、菊炭と水草を、庭木と庭石に見立てて、金魚鉢の中に配します。涼しげでかつ浄水効果のある一石二鳥の炭の利用法です。




あとは、ご自分のお好きなように、緑と炭を配して飾ります。
今回、水盤が用意できなかったのですが、水盤に水を張って、そこに花を生け、間に炭を配してもきれいです。
炭の黒は夏に意外と涼感を感じさせます。


下の写真、テッセンの花が萎れて、残念な感じになってしまいましたが、青紫色は炭の黒と合わせると涼しげ。水盤がなかったので、コップに水を入れて花を差していますが、本当はコップが無い方がきれいに炭と花を配することができると思います。





これを上から見たのが下の大きな写真です。やはり菊炭(茶の湯炭)は菊割れがきれいに見える上からの眺めが美しい。よく硝子テーブルの中が箱上になって中にモノを入れられるようになってるのがありますが、そういうところに入れて飾ると、このように上からの眺めが楽しめていいのではないでしょうか。もしくは、空の火鉢に透明な板を乗せてテーブルに使う場合などもいけそうです。




左の写真、ちょっと暗くて分かりづらいですが、グラスの真ん中に菊炭が一つ入っています。
 小さい菊炭も割れ方がかわいいのです。ほおずきといっしょに。


                                                                              

道後温泉の竹の湯籠に、夏の花と細長い菊炭をいっしょに生けました。
ただ、ちょっと炭が花に隠れて見えづらいですね。炭がちょっと短かったのと、花が多過ぎました…。


去年作った火鉢クラブの提灯も健在。




あまり準備時間が無くて、いろんなことができなかったのですが、秋にむけて、こうした飾り炭の発展型の展示会などを考えてみたいと思います。



以下は、ほおずき市で配った火鉢クラブと、当日の展示販売に関するチラシです。これまでの火鉢カフェで配布した内容とだぶっている部分も多いですが、ご参考になさって下さい。


最後になりましたが、募金の報告を。

今回、炭といっしょに、イラクのこどもの描いたイラストをプリントした今治タオルと絵はがきを販売させていただきました。タオルは1枚につき200円、絵はがきは100円をこの絵を描いた子供たちを支援しているJIM-NETに寄付致します。
JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)はイラクの小児がんの子供たちを支援している団体で、この絵も小児がんの子供たちが描きました。

タオルは3枚、絵はがきは5枚売れましたので、計1100円を寄付致します。
1年間のこうした寄付をまとめて年末締めで寄付する予定です。

今後の火鉢クラブのイベントでも、イラクの子供たちへの募金できる絵はがきなどを販売しますので、なにとぞよろしくお願い致します。




遅ればせながら…隅田川花火、どこから見るか?


隅田川の花火大会からもう一週間。遠い昔の事のようですが、いまさらながらの花火レポートです。



上の花火の写真。浅草の少し北、今戸神社の先の住宅街から撮った花火です。スカイツリーの横に花火があがる絶好のポイント。

実はこの前日、上野の松坂屋の前にちょっと置いていた自転車が駐輪禁止にひっかかって区に撤去されてしまい(移送料はなんと5000円!)、翌日、つまり花火の日、台東区清川にある自転車移送所に取りにいったんです。時間は移送所が閉まる午後7時。花火が始まる時刻。自転車での帰り道、発見したのがこの花火鑑賞ポイントだったというわけです。

今戸神社のちょっと手前。近所の人とカメラマンで賑わってはいましたが、雷門周辺のように前へ進めないというほどではなく、自転車でも十分通れる混雑具合でした。言問橋より北側は鑑賞の穴場なんですね!

下の写真は、今戸の台東区スポーツセンターの前あたり。花火が信号と建物の真上から降ってくるようでした。これこそ、都会のど真ん中での花火大会の醍醐味。花火の一部が建物に隠れるのもまた乙なものです。

自分のいる場所によって花火の見え方が違ってくる。そぞろ歩きながら、その場所その場所で見えるさまざまな風情の花火を楽しむのもいいものです。ビルに隠れてまったく花火が見えなくなる瞬間にも、ドーンという音と、火薬の臭いはどこからともなく届きます。

この日は、自転車での家までの道のり、いろんな花火を見る事が出来ました。

夜、iphoneで撮影した写真なので、ピンぼけだったりしますが、以下、帰り道で撮った写真です。
これは確か、国際通りと言問通りの交差点から見た花火。ビルとビルの間から見える花火。このあたりまで、花火の灰がふわふわ飛んできていました。



とはいえ、やはりこのあたりにビルなんて全くなかった頃の花火も見てみたい。
江戸時代なら、みんな家から一歩外に出れば、どこからでも花火が見えたんじゃないでしょうか。家の前に床几を置いて、むしろを敷いて、川の方まで出て行かずとも、欠けのないまん丸い花火が、かなり遠くまで見えたんじゃないかと思います。すべてのイベントがレジャーや観光になってしまった今、そんな日常に根ざした夏の行事が羨ましくもあります。まあ、もちろん昔だって、おめかしして出かけてはいたんでしょうけど・・・。










そんな日常に花火がある風景に出会いました。



自宅の前なんでしょうか。男の子がちいさな折りたたみ椅子にすわって通りで花火を見ていました。この写真のフレームの外にもおばさん2人が花火を見上げていました。まるで、自分だけのために花火をやってくれているようです。
この日は月も花火の隣で輝いていて、スカイツリーと花火と月の競演。

こんな場所があったのね、と思うだけでもすごく得した気分。ここを通ったのも自転車を移送所に取りにきたからだと思うと、移送料の5000円も、そのための勉強代みたいなものと思って諦められる気もしてきたりして・・・。

最後は上野の山から、遠くに小さく、スカイツリーを挟んで二会場の花火が一度に見えました。



打ち上げ花火はどこから見ても丸いってことを知った今でも、やはり花火はいろんなところから見てみたくなります。同じ丸でも、まわりの景色によって少しずつその表情が違って見える。今年の隅田川の花火はそんなことをあらためて気づかせてくれました。

隅田川花火どこから見るか?

それはその時いた所から見ればいい。音だけだって、臭いだけだって、極端なことを言えば思い出だって、花火を感じられる気がします。

遅ればせながら、隅田川花火大会の報告でした。




2012年7月19日木曜日

「たかが電気」と思いたい



「たかが電気」と思いたい。


今日、猛暑日。

NHKのニュースではエアコンを使え使えといって、
熱中症が懸念される老人の家を訪ねて取材している。

ひとりは「エアコンの風が嫌いなんだよね・・・」といい
ひとりは「電気代が高いので寝る前1時間しかつけない」という。
お年寄りにとってエアコンは本来やさしくないのである。
なのに、ニュースは、熱中症が心配だからエアコンを上手に使って・・・という。

当面の対応策としてはしょうがないとは思う。
しかし、本当はエアコンを使いたくない人に向かって「使え」と言うばかりで、
根本的な代替案を考えようとはしない。

見れば、お年寄りの住んでいるマンションやアパートは、
今時の厚い耐熱壁に、大きな窓はベランダ方向のみ。
どう考えても風の通りの悪い部屋。これは暑いはずだ。

すぐには無理かもしれないけれど、エアコンを使えと言うのなら、
同時にエアコンをあまり使わなくても大丈夫な世の中になる方法にも
考えをめぐらせたらどうなのだろう。

現代の、エアコン無しでは暑苦しくてしょうがない建築や町づくりのあり方を
なんとかする方法に少しは思いを巡らせるべきだ。
マンション建てる場合はもっと通風を重要視する決まりを作るとか、
集合住宅は敷地に必ず緑を植えて共有庭を作るとか・・・。
コストの問題や儲け主義でやってこなかったそういうことを、
考えるべきときなのだ。

そういうことも同時にやってこそ、お年寄りたちに、
すぐには無理だからとりあえず今はエアコンをつかって暑さをしのいどいて、
と言えるのではないだろうか。

節電を勧めるならば、節電が苦行にならない方法も同時に考えねばならないはずだ。
しかし、こと都市計画だの、マンションの計画だのでかい話になると、
そんなのもう無理だとばかりに、しょうがないエアコンを使いましょうとなる。
結局は電気に縛られた暮し。

本当に思う。私たちは電気に暮しを縛られている。
もはや電気無しでは何もできない。
電力会社とはそんな人の生殺与奪をも握る企業なのである。
一民間企業にそんなものを預けていいものかと思う。
その上、当の電力会社にその自覚は無い。

坂本龍一がたかが電気といってバッシングされたが、
現在の私たちの生活のあり方が、
「たかが電気」と言えないものになっているところが問題なのだ。

「たかが電気」と思いたい。

私たちの暮しが、「たかが電気」とならない限り、こうした矛盾やジレンマは続く。

だから電気を少数の企業に独占させてはいけないのである。
だれでもが発電できて、どこにでもある。
「たかが電気」にしなくてはいけないと思う。

夏の涼しさを電気だけに独占させてはいけない。

今すぐにとは言わない。
本当に快適な30年後50年後の都市とはどういうものかを考えながら、
ニュースは、節電やエアコンについても発言するべきだと思う。

ちなみに私は、エアコンはまめに止めたりつけたりしているのだが、
特に不便は感じない。
あと、図書館とか喫茶店とか公共の場で涼めば、
個々が電力使う事もなく、節電になるかなあとも思って、
時間に余裕のあるときはパソコンもって流行のノマドしてます。
ノマドってなんだよ、不安定な自由業のことじゃんと思ってたけど、
みんながノマドしてエアコンつける場所が減るならば、
ノマドもいいじゃないかと思ったりする今日この頃。

とにかく、電気を使わないで東京電力の収入減らしたいじゃない。
そう思いません?

そして、この蓮の写真のように水辺は涼しい~。
自然の摂理をもっと見直したいものじゃ。

2012年7月7日土曜日

7月10日(火)団子坂上・光源寺の「千成ほおずき市」に出店

報告がギリギリになってしまいましたが、
来る7月10日(火)団子坂上にある光源寺で行われる
千成ほうずき市の屋台に火鉢クラブで出店します。

販売するのは、菊炭の飾り炭。
いくつかのサイズを取り揃えております。


この炭をお花と一緒にアレンジしたり、水質浄化用として金魚鉢に入れたり、かわいいアレンジで展示する予定。




ちょっと今忙しく、それらのサンプル写真の準備ができませんでした。当日の展示をお楽しみに!

それらのサンプルを参考に、好きな大きさの組み合わせで購入して、自分なりの飾り炭アレンジを楽しんでください。
別に飾らなくても、お風呂に浮かべたりしてもいいですよ!

もし余裕があったら、コーヒー豆を持って行って、七輪で焙煎しようかと思っています。焙煎体験やってみますか?

というわけで、なにとぞご来店下さいませ!
ほおずき市は9、10日両日開催ですが、
火鉢クラブの参加は10日のみです。お間違え無く!!

「千成ほおずき市」
7月9日(月)10日(火)14:00〜20:00
詳しくはこちらのサイトにて
光源寺:東京都文京区向丘2丁目38−22

2012年6月3日日曜日

花は野にあるように vol.1「アジサイのブーケ」

「花は野にあるように」第一回は梅雨の花アジサイ。野の草花が、まるでいけばなや寄せ植えのようなかたちで咲いている姿を切り取ると前回の口上に銘打ったけれど、しょっぱなからイレギュラーなパターンで始まってしまいました。

【アジサイ一輪のアップです】
上野不忍池の周囲に咲いていたアジサイ。花が開きかけの若いセイヨウアジサイじゃないかと思います。これがもっと開くといつもの感じのアジサイに。


種類はともかくも、一輪の花がまるでいろいろな種類の花で作られたブーケのようで、おもわずシャッターを切りました。時は6月、ジューンブライドにこのまま渡したいと思えるかわいらしいブーケです。花が開いてゆく過程の、蕾の部分、緑色の開きかけの部分、大きく開いてピンクに色づいた部分、それぞれが種類の異なる花のように様々な表情を見せています。もう少し時間がたつと、全ての花が同じような大きさに開いてピンクに色付き、単調になってしまうかもしれません。今の時期だけ楽しめるアジサイのブーケです。

たまたま見かけたこの姿形は一期一会。また明日には違う美しさに変化しています。そんな偶然の出会いも、この初々しさも花嫁のブーケにぴったりだなあと思いつつ、「花は野にあるように」の第一回にこの写真を選びました。

ところで、アジサイには両性花と装飾花の二種類の花があります。受粉して結実する本来の意味での花は両性花。装飾花は結実しない花です。周囲だけに花が咲くガクアジサイの真ん中の部分が両性花、周辺が装飾花。つまり、普通のセイヨウアジサイの花はすべてが装飾花です。品種改良によって装飾花のみになったそうです。また、装飾花の花びらと思われているものは実は萼(がく)の部分で、中心にある小さい粒が花の部分です。写真のアジサイにも萼の中央に小さい粒が見えますが、それが花。もうしばらくすると開いて、雄しべと雌しべらしきものが出てきますが生殖能力はありません。

近くで花を覗き込んだからこそ、こんな花の構造まで見えてきたわけですが、かつては満開になったアジサイをちょっと離れたところから眺めていました。濡れながら咲く青紫の手鞠のようなアジサイに雨に佇む大人の女性をイメージしていました。それもちょっと和服のイメージ。しっとり落ち着いた美しさは、騒々しい自分とはなんとなく遠いものでした。けれど今回見たアジサイは、雨の日のブルーな気分を浮き立たせるような初々しさ。一つの花も開き始めてから枯れるまで、人間同様、若い初々しさ、大人の艶と落ち着きといった美しさの変化があるのだと気づかされました。「蕾、満開、枯れる」という言葉はよく使い、その頃の花には意識的に眼を向けます。けれど、写真のアジサイのような蕾と満開の間、まさに開こうとしている時期の花というのは、野で出会っても、途中経過として見過ごしがちなのかもしれません。アジサイのいろいろな顔を知ったことで、遠いと思っていた大人アジサイも好きな花に変わりそうです。


【日本原産のガクアジサイ】
初々しいブーケの前を通り過ぎると、今度は繊細なレースを見つけました。下の写真は同じ上野不忍池のほとりにあるガクアジサイです。


ガクアジサイは日本の原種で、これを品種改良することでセイヨウアジサイも生まれました。中心の粒々の部分が両性花。白い装飾花は萼(がく)。本来の花は粒々の方です。そして、こんな粒々が、近くで見ると装飾花に増して美しい。やはり本物の花だけのことはあります。今頃気づいたんですけどね…。本当のアジサイとは何か。その入り口にやっと立てた気がします。

これをきっかけにアジサイの画像を検索してみてびっくり。どれも驚くような可憐さ。今まで私はアジサイのことをほとんど知らなかった…と愕然。アジサイが好きな花の上位にぐーんと上昇です。いろんなアジサイの画像、こちらのサイトが綺麗です。

最後に、もっと若くて、花びら(萼)が色付く前の緑色のセイヨウアジサイの写真を紹介します。

こんな緑色のブーケは誰にあげましょうか…? 

いくつになっても新しく何かを始めようとしている人にプレゼントしたいと思います。






2012年6月2日土曜日

『花は野にあるように』スタート


ブログ久々の記事は新しい企画で始めようと思います。
今日から「花は野にあるように」と題した、新たなカテゴリーを作りました。

千利休の利休七則のひとつ「花は野にあるように」

この有名な利休の言葉は、「あるがまま」ではなく、自然の美しさの本質を汲み取って自ら組み立てなおし、花を野に「あるように」生けるということだそうです。けれど、自然の美しさの本質をつかむことなど一朝一夕にできることではありません。そこで、自然の美しさとは何かを知るために、日々、身近な野の花を見つめ、写真に切り取る事で、「野にあるように」とはどういうことかを学ぼうというのが、この企画の目的です。言ってみれば「花をいけない、いけばなのおけいこ」です。


なにゆえにこんなことをしようと思ったのか

まずは、こちらの写真を見てください。

ツワブキ、もみじ、萩から名前の分からない雑草まで。いろいろな草花がわしゃわしゃと地面から生えていますが、すべて勝手に自生したものです。なんだか絶妙な配置の寄せ植えのようには見えませんか?このまま草盆栽として鉢に移せば立派に部屋を飾ってくれそうです。多分、もみじがあることが雑草っぽさを抑えているのだと思いますが、このまだ小さなもみじも、いつのまにか生えていたもの。言ってみれば雑草です。

勝手に生えた草花の配置が、そのへんの人為的に作られた寄せ植えよりも美しい事実。あるときそれに気づいてから、一種類の花を眺めるのではなく、周辺の複数の植物込みで眺めるようになりました。時におのれ生えの雑草の固まりは美しいいけばなのようでさえあります。

余談ですが、この写真うちのお墓です。山の斜面の墓地にあり、地面にはコンクリートが敷き詰められていません。改修する資金が無いため昔のまんま。敷石の間に土の地面が顔をのぞかせていて、お参りに行くたびにこのように草が伸び、絡まり合っています。そのせいでしょう、うちではお墓に行くことをお墓参りと言わず、お墓掃除と言っています。しかし、掃除とはいうものの、草盆栽の寄せ植えのように美しい植物を一掃するのも忍びなく、一部そのままにしていたりもします。

この草花の群生をことさらに美しいと思ったのはお墓という特殊な場所のなせるわざかもしれませんが、今こうして、これを企画にまでしようとしているのですから、ご先祖様の思し召しかもわかりません(笑)。


誰が植えたわけでもない、自然にどこからか種が飛んできて勝手に生えた植物。ひとつひとつの草花それぞれが美しいだけでなく、いくつもの植物が重なり合うその偶然の配置は、まるで誰かがいけばなをいけたように美しい。そう気づいたとき、はじめて「花は野にあるように」を意識しました。作為や邪念の無い無為を目指せというのはこういうことなのかもしれない。無我の境地に至るとは美に至るということなのでしょうか。

なんだか、わかったようなわからないことを言ってしまっています。

せっかくだから写真をもう一つ。
こちらは、ある旅館の裏の林にあった木の切り株。自然に苔がはえ、その割れ目からツユクサらしきものが生えています。向こうにはミズヒキ草でしょうか?


たまたま見つけた複数の植物のコラボレーションをどうカメラで切り取るかにも、人それぞれの美意識の違いが表れます。こうしてカメラで道端の自然を切り取る作業によって、実際に花をいけることがどれほど上達するかは定かではありませんが、まずは見て選ぶことから始めようと思います。

道ばたに生える草花、散る花びら、枯葉などなど、特に野山に出かけるわけではなく、近所の公園やお寺の境内、道ばたの草花などなど、都内で見つけたものを中心に紹介します(もちろん野山もありですが)。中には、枯れ葉が敷石の上に散ったさま、塀を這い上がるツル植物など、人間が作ったモノとコラボして美しさを醸しているものもあります。まるで素敵な花器にいけられた花のようです。

しかし、当面、実際のいけばなへの応用はやりません。本当に自分の心が震える美しいものとは何かに気づくことくらいが目標です。とりあえず、「おっ!」と思ったらシャッターを切ってみます。でも、気が向いたらいけばなもやってみたいですね。あくまでも心の赴くままに。楽しいと思えるように。

口上が長くなってしまいました。
カメラはきちんと使いこなすほどの技量ではなく、ほとんどがオート。数百枚撮っても、使える写真は数枚ですが、そちらの上達も願いつつ、次回からは去年の秋から撮ってきた写真を掲載し、なぜそれを美しいと思ったか自分なりの分析をくわえていこうと思います。

とはいえ、ただの花の写真じゃないか・・・という気もします。散歩中に道端の花の写真をとってアップすることは多くの人がやっていること。「新しい企画」とまで銘打ってやることか・・・。ま、いいか。とにかく始めます!





2012年4月14日土曜日

4月21日「巨大地震を正しく理解する」をテーマに勉強会が行われますin谷中

来週4月21日(土)13:30より、台東区谷中の谷中コミュニティセンターで、「教えて!東京『激震』のホント」と題した講演会が行われます。

前回3月4日に、火鉢クラブが七輪実演などで協力させていただいた防災イベントの第6弾です。

内容は以下の通り。地域住民が主催して行う自主的な勉強会です。講師のご好意もあり、参加費は無料ですので(実費カンパいただけるとありがたいです)ふるってご参加ください。